沼津港

この水門は、「びゅうお」という沼津港の内港と外港を結ぶ水門で、扉体は日本最大級のもの。進入する津波から港の背後に住む人々、約9000人を守るため作られたものです。
上は展望台にもなっている。
海は気持ちよいですね。
ここで、しばらくを過ごした後に、久しぶりに市内のA堂宝飾店隣のBOA喫茶店に入って、ランチを済ませた。
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この水門は、「びゅうお」という沼津港の内港と外港を結ぶ水門で、扉体は日本最大級のもの。進入する津波から港の背後に住む人々、約9000人を守るため作られたものです。
上は展望台にもなっている。
海は気持ちよいですね。
ここで、しばらくを過ごした後に、久しぶりに市内のA堂宝飾店隣のBOA喫茶店に入って、ランチを済ませた。
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S市の千本松原に来ました。
浜辺はまだ、厳しい暑さをしのぐため子ども連れらがゆっくりと散歩していました。
暑い日ざしが浜辺を覆っていましたが、海からの風は涼しかった。
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趣味のダンスの先生に地ビールを贈るためにここに来てみました。
曇り空で、陽気は良くあませんでしたが、人が大勢出ていました。
家族ずれは見かけませんでしたが、若い男同士や中年の女性たちで賑わっていました。
そこを散歩していましたら、こんな綺麗な花畑に出会ったのです。
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本当に久しぶりに会う元職場の同期との飲み会をこの居酒屋でやることになって少し早めですが、仲間の一人と二人で来ました。 このS市へは以前はよく来ましたが、十数年来ていない駅南の変わりようは目を見張るものでした。
この居酒屋は、スポーツセンターのビル内にありますもので、中に入ると非常に明るく、15名集まった同期の桜は、テーブルを囲ってビールに酒、焼酎を飲みながら刺身、海老料理、しゃぶしゃぶなどの鍋物に箸をつけてお互いに懐かしみ語り、笑い、心のいくままに時を過ごしてきました。
こんな時間をもてたことに感謝いたします。
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もう7ヶ月が経ってしまったんだと一人、嘆息した。
そうです、私がこのブログを教室で開設してから早、これだけ経っているんです。
いつも思うんです。
このブログを開設したときのインストラクタは、私事で退職されたんで2回目からのスポット担当のインストラクタが、引き続き指導してくれている。
皆、それぞれの特徴を生かし、当たり前のことであるが一人として同じ内容の投稿はない。
私もこのブログを開設した当初、どうなるか思っていた。
何しろ文章というものは、仕事の上では書いていたがブログに載せられたものでない。
こんな不透明な心つもりから始めた投稿文章は、ただただ、自分の文章力のなさをつづっていただけではなかったろうか?
このことは、今でも言えている。
と独り言に終始していた今日であって、時が過ぎるのは瞬く間であると痛感して嘆息していた私であった。
今日の花は、ごく偶にお邪魔する家の庭先に咲いていたものです。
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今日、私は、学び舎への仕事に出たのですが、その大半の時間を実践的会議で消化してしまいましたので、いつものような学び舎に関係した写真が撮れなかったためこのことについての記事は、割愛させていただきます。
それに変わって、私は、家に戻って暮れかかる前の夕時にまた、何か投稿するによい花が咲いていないかと、以前と同様にウオーキングコースだった道をデジカメを持って歩いていった。
午後から激しくなっていた雨が、降りしきっていたが、しばらく傘をさして歩いていくと、隣の町内に入った。
この町内は、田んぼが多い田舎道で、幅員が3メートルほどの川べりに差し掛かったら、赤色や黄色などの花々が、川辺の近くで明るくして咲いていた。
川辺には、向こう岸に青色の紫陽花が見事に色済み手前の縁には背が高い茎にピンク色の花が綺麗に咲いていた。
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へ行くともなく街中に出てみた。
しかし、やはり私の足の向いた先は、以前何度も来ていたこの寺に向かっていた。
来てみたら丁度見ごろの紫陽花が鐘楼の横と小さな滝がある池のそばに青く咲いていたのに出会った。
友人が、孫の誕生祝のお返しに訪れて大分たった午後のことだった。
この寺には、非常に著名な門があった。
それは、その昔にこの地域には深沢城という出城があった。
今は、その形すらも残していないが、その遺跡は、この寺かそう遠くないところにある。
その城の大手門をこの寺に移築
してこの寺の山門として今も伝え
最後に少し付け加えますと、この寺の住職は、私と高校時代の同級生でした。
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今日もやや暑い日を迎えて、寝苦しい朝があけた。
こんな朝、昨日帰宅してしばらくしてから思い出し、今月予定していた個別講座の時間が一部変更したが、後半、いろいろな行事などがあって予定変更をしておかなくてはと思い、教室に電話したが既に終了していた。
やむを得ず、今朝一番で電話して予定の確認と変更をお願いしてから、私は、N市に墓参りで一人で出た。
今月末に新盆を予定していたが、その頃に町内の行事が重なっていたので、私は、ご遠慮させていただいた。
そして、私は、子供の頃から図画工作に多大なご援助をいただき、社会に出てもその家に居候をさせていただいた姉宅に行った。
そう、ここで以前、ご紹介した
を出してもらった。
この押し花絵は、姉の苦心の作で、いくつかあるようですが、今日はすぐに出せるものを3点、デジカメに取りましたのでご披露申し上げます 。
この作品の一部と新作を今月21日からN市の静岡銀行沼津支店8階で、姉所属の押し花絵の教室の作品が展示されます。
ちなみに聞くところによりますと、教室の先生の作品は、全国大会で優勝した経歴があるようです。
なお、これとは別の現物を2点、借りてきましたので明日、教室に持って行って預かってくれたらしばらく置いておきますので、観覧されたい方はそちらで見てください。
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プールの隣には、モダンな建物の体育館があった。
プールでは、子供たちが蒸し暑い曇り空の中で水泳を楽しむために水着になってプールサイドに集まっていた。
グランドの片隅には、子供たちが楽しめる滑り台などがあった。
私は、この後徒歩で仕事に入ったが、その途中でまるでスコールのような激しいにわか雨にあった。
それは、バケツの水を帽子をかぶっていた身体にかけられたような勢いの雨にあった。
そのまましばらく仕事を続けたが、激しい雨は止む様子がなかったので学び舎に戻って、傘をさし、再び、歩いた。
蒸し蒸ししていた身体に雨水が、どっと着ていた衣服の上からかかって、蒸れていた身体を冷やしたので、ぐっと気持ちよいものとなった。
そんな気持ちに浸っているうちに雨が上がり、暑い日ざしが濡れた身体を蒸した。
このまま、仕事は続けていき、校庭を歩いていたところ激しい雨にたたかれた花が、咲いたまま倒れてかかっていた。
白い花と赤紫色の花でした。
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今日は、普段の投稿はありません。
まったく私事ですが、今日、細君の亡くなった父親(本年6月初旬、満91歳で他界。)の七・七忌の法要が、N市の
で行われました。
法要が行われたお寺が、意外に知られていないのですが、非常に著名なお寺ですので、今日、ここに紹介いたします。
それは、16世紀のことですが、ここ寺の開祖が、この海岸に住んでいた住人が、潮風の被害に困っていたので開祖、増誉上人長円が、念仏を唱えながら心をこめて1本、1本の松を海岸に植えていった。
それが、現在の千本松原となって防風林としての役割をしている。
このお寺は、また、若山牧水の墓があることでも有名です。
そして、現在はルンビニ幼稚園も経営していますお寺で、街中から離れた静かなお寺となっていました。
なお、乗運寺とルンビニ(釈迦生誕の地)幼稚園にそれぞれヤフーホームページからリンクしてありますので、クリックして見て下さい。
2回目の乗運寺のところをクリックして、最下段のページ変更を更にクリックするとお寺の美しい2月の景色(花々)が、覗けます。
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今日、この学校に訪れましたら、その正門を入った小高い丘に「少年・少女が朝日に向かって立つ姿の銅像」があり、子供らの昇降口の柱の上方には、レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作、
の複製画がかけてあった。
この優しく微笑むモナリザの絵が、子供らを見守っていることが、私には、何とも言えない小心地よい気持ちにさせた。
こんなところをデジカメに収めているうちに曇り空であったが、見通せていた外の気象が一気に変わっていき厚い霧になっていった。
そんな外を歩いて行くうち、ふと、道の先に真っ白いちょうちんの形をした花が、私の行く先に現れた。
その花を見ているうちに純真無垢の心を持つ子供と白色のドレスに身をまとい、うつむき加減に歩く女性を想像したのは私だけであったろうか?
限りない、私の女性に対する心をこの花は教えていた。
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この学び舎に訪れたのは、三度目でした。
二度目に訪れたときには、二宮金次郎の銅像が建てられている小高い茂みの前の広場で中年の男性教師が、鍬を持って円形の花壇を作っていた。
今日、そこに来て見るときれいに花が植えられて土色の空き地に赤や黄色の花が、味気なかった空地を潤していた。
この学び舎は、みくりやの最南端にあって、校舎の向こう側には、地ビールと地続きのK高級ホテルの最上階を仰ぎ見ることが出来た。
そして、私にとっても静かで穏やかな一日であった。
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一週間遅れとなったが、昨日、嫁いでいる娘が、○を連れて、家に訪れて父の日プレゼントを持ってきてくれた。
一緒に来た2歳と3ヶ月になった○は、はしゃいで大騒ぎ。
細君は、一昨日の夜に伊豆の国市から戻ってきていた。
娘の連れ合いは、日曜日であるが、昼間が仕事ということでA市の職場で今週も休みなしの仕事に頑張っているようである。
無論、一児の母親となった娘も、そう遠くはない町に暮らしていても簡単には、里帰りは出来ない。
早速、戴いたプレゼントを見ていると、娘は「空気の汚れをきれいにする観葉植物だからね。」と説明してくれた。
部屋の中に緑が増え、それだけでも梅雨時で締め切った部屋に新しい空気が自然と発生してくるようである。
新潟市に住んでいる息子からは、18日の父の日に宅急便でシャツが届いている。
このときにすぐに、携帯電話のEメールでコメントを入れてある。
ちなみにこの息子も6・30が○○歳の誕生日である。
誕生日祝いを贈るかどうか思案中である。
昨日の夕刻には皆、家を引いてしまい、再び、静寂の中に一人座する。
しかし、前の職場の友人(M市居住)から初めてのインターネットでのEメールが届いていたので、じっくりと読んだ後、教室で教わったとおりに返信を送信した。
この友人は、自らを閑有人と号して仕事の合間に俳句に親しんでいる。
一度ちらりと見たのであるが、ちゃんと筆で短冊に詠んだ俳句を書いている。
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私が良く行く店です。
店の名前は、スコットランドといい英国製のブランド品を置いている紳士服と婦人服の店です。
ここには、店の高い天井の近くには、飾り棚があってそこには、勢い良く飛び上がるカジキマグロや操舵形をした木製の時計、髪を後ろに束ねた女性にもたれる髭を伸ばした中年の男、テーブル上には、ゴルフクラブに寄り添い左片足を軽く右の足に添えてポーズをとっているゴルファーのブロンズ像があった。
そして、以前私が、幸運を招く青色のバラを紹介したことがありましたが、この青バラは、今も健在にその姿を店の奥のカウンターに残していました。
あの時より一回り小さくなった感じであるが、気品に満ちた色合いとその白色の花瓶から浮き出ている姿は、優しく耳元から花へと伝わって男の心を揺さぶる女性のほのかな香りを感じさせるものがあった。
私は、言い知れぬ気持ちを残しながらもワールドサッカーで日本は決勝トーナメントに残れなかったが、この店のブランド品の発祥地、あのベッカムのいるイングランドは、残っていることを ・・・
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静かな半日を過ごしていた市の図書館に久しぶりに来てみました。
この図書館へ足繁く訪れていた2年程前には、一度リタイヤした人たちの一時の憩いの場となっていたような時期もありましたが、やはり、市立図書館ですので子連れの主婦や若い学生や社会人たちの知識を得る場所ともなっていて、受付カウンターには、何冊も抱えて図書の借り出しを受けていました。
窓際には、椅子があるので、これに座って思い思いの図書や新聞、雑誌を手にして静かに読んだり、写真に見入っているのです。
私もこの椅子に深々と寄りかかって新聞や週刊誌を抱えながらいつの間にか眠りについていることがたびたびでした。
こんなときの居眠りほど気持ちが良いことはないですね。
以前は、こんな日がたびたびで、昼時になると家路に戻っていたのです。
こんな日課をこれまで幾度もして過ごしていたのですが、ようやく最近に入って、こんな毎日の過ごし方をしないですむようになったのです。
そして、今日は一日休みでしたので、久しぶりに行ってみましたら、
正面の花壇にこのような花が咲いていました。
相変わらず、花の名前が判りませんのでわかる方のコメントをよろしくお願いいたします。
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咲いていたきれいな花に出会うこととなりました。
この校舎の壁に描かれている太陽に向かって躍動している子供たちの姿を見て、あるいは、この場所に気が付かれた方もいるかと思います。
この壁絵のようにこの学び舎に学ぶ子供たちの明るさは、良く晴れた青空の所為(せい)ばかりでなく、きっとここの校風が、誰よりも明るい子供を育んでいるんだろうと感じた。
校門を入ると、正面の生垣の中に大きな子供が、小さい子供の手をとって、右手を高く上げて歩む姿像が、一段と目立つ。
この姿には、年上の子がまだ小さい後輩の手をとって危ない場所を安全に導いて行く優しさを表したものであることが知れる。
私は、この学校を卒業した子供たちが、この学校の校風にあるような優しさをもって社会に活躍しているんだろうと感じた一日であった。
花壇には、この花が咲いていたのですが、いつもの通り花の名前がわかりません。
判る方がありましたらよろしくお願いいたします。
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買い物、こんなことは当たり前の毎日の生活ではないかとお叱りを受けてしまうのではないかと思いながら、今日の素材とさせていただきました。
何故かと言うとこれには、ちよっとしたエピソードがあるからなのです。
数年前までは、私は別に自慢としていたわけではないが、自分が普段の生活に必要な食のことなどの家庭生活に必要な細かな物の買い物をしたことがなかったのです。
しかし、私も一つの区切りに来てからは、重量のある米だとか、灯油などの買い物は全て私の分担となった。
こんな買い物ならば、前からは時々やっているのであるが、この写真にある米(いつもそのときにより違うが、東北の米が多い)を買ってきたスーパーは、教室の隣のあるけれどもこのスーパーは、私が行きつけの店と違い、細君の行き付けの店なのです。
そんなことなら何のエピソードにならないではないかと言われてしまうだろうと思います。
それが、そうでなく買い物をしていることと関係がありますが、店のことや買ったもののことでは決してないのです。
驚いたのは私だけかもしれませんが、ここ一店での買い物だけで細君は、ポイント数を昨年暮れに50、000点を積み重ねたのです。
私は、何でこんなにポイントを溜めておくんだと思っていたら、細君は、一気に正月の食品の一部を買うのに3万点を消費した。
いやぁ~、やるなと思っていたが、その後このポイントがどの程度にたまった知らずにいて、ここ最近は、義父病死後、義母が残って細君の兄弟で交互に面倒見をしているため私は、時々、独身時代に戻っていたが、買い物の時のポイントカードを借りたところ、また、私は驚いた。
なんとあれからまだ、半年で既に10、000点アップというポイント数でした。
皆さんとは、どんなものなんでしょうかね。
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今日は、午後から仕事でしたのでデジカメを持参していなかったため添付する写真は、ありません。
仕事先の周りを歩いていったときのことでした。
住宅が途切れて、ちよっとした林に差し掛かると、林の中へ向かっている軽四輪位の車が入れる小道があったのです。
奥は、丁度曇り空であったので、うっそうとしていた林の中は、昼なお暗く少し不気味さえも感じた。
そんな林の奥に私は、何故か興味を覚えたのです。
その理由は今でもわかりません。
一歩、歩を進めて行くと普通、光の通らない林は、その地面は湿めぼったいのですが、この林は乾燥はしていなかったけれども、ほど良い地面の状態であったので、気持ち悪さは感じることなく奥に入っていきました。
数分も歩いたのでしょうか。
曇り空の下でありましたが、薄暗い部屋の窓を開けて外を見たときと同じようにぱっと、目の前が開けたのです。
その先は、人が一人がやっと歩けるくらいのいわゆる獣道といわれる小道が続き、両側は、人の腰くらいの高さの雑草が、小道に沿って続いていました。
私は、そこで一瞬、佇(たたず)みました。
そして、雑草が続く先をしばし、見ていました。
すると、私が立っていたところから30メートル位先の草むらからほとんど音を立てずに、すうっと低空飛行をした鳥がいたのです。
しばらく、じっとその方を見て私は雉だと思ったのです。
それも、この時期のオスは、顔面が鮮紅色をしていて、ケンケンと連呼するようであるが、この雉は、顔面がややいろづいているだけであったので、メスであろう。
2~3分、その姿を見ながら、そういえば、今年の3月末に町内の環境整備のときにも家の近所の野原で、飛び立つ顔面が少し赤かった雉を清掃に従事していた人たちと見て、『雉だ』と騒いだことがあった。
この北駿地区も住宅地に近い野原でも野生の鳥が、多数飛来して、餌をとったり、子供つくりにいそしめるだけの自然が、育っているんだなぁと思い、考え深くその場を離れた。
自然の美しい営みを思いながら、その先の畑地の向こうを農道を走り抜ける一台の自転車をこぐ中年の男性の姿を追いながら元来た林に私は、消えていった。
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ガソリンをいつものスタンドで入れてきてから、雨天であったので自宅で
昼食を食べた後、いつものようにパソコンに向かって昨日、教室でやった課題の復習に取り組みました。
そのときのことですが、私が以前、このブログに『悪友からの誘い』で御紹介した旧友から再び、電話での誘いがあった。
それが、今日は春先に戻ってしまったかのように肌寒い陽気になっていたこともあったのであろう。
「これから、隣の町の温泉に行こう。」という誘いがあったので、喜んで誘いに乗った。
行ってきました。
温泉も良かったのですが、フロアー横には盆栽の展示会が催されていました。
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ふと、自らを省みる必要を感じて、若いころに手にしたが、素読と疎読の性格からこの大事な言葉を知ることがなかった。
それは、このような言葉でした。
子曰わく「人にして仁ならずんば、礼を如何せん。人にして仁ならずんば、楽を如何せん。」
注釈・・・この仁は人間らしい感情を意味する。
他人に対する親愛の情をもたないで、礼として高尚な理屈をこね、細かい作法をよく知り、楽をうまく歌っても、なんにもならない、礼楽の本質を忘れてはならないと、弟子にさとしたものである。
責任編集 貝塚茂樹 中央公論発行 孔子 孟子 の一節より引用。
子とは、ご存知のことと思いますが、孔子のことです。
硬すぎる言葉でしたが、私自身の戒めとしてでした。
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このブログに載せることではないと思いましたが、やはり大勢の方々のご愛読を戴いていますことからまったく私事ですけれどもブログで公開いたし、しばらくの間ブログの記事の掲載を中止いたし喪中に服します.
ご迷惑をおかけします。
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昨日の朝、北駿の空は、すっきりと晴れ渡り、雲一つなかった。
この朝、私は行った先の近くにあってまだ、道すがらに残雪が残っていた春先にこのグランド付近をウオーキングしていました。
この場所に来て見ると、グランドでは、老人会のグランドゴルフ大会が行われていました。
見た感じで、この人たちの年齢は、70代から80代の高齢者ばかりでした。
グランドの横には、おしゃれな時計台がついている事務所兼トイレがありました。
そして、そのそばには線路が走っていて、その向こうに雪をかぶった富士山が、私たちを見下ろしているようであった。
この線路には、私にはいくつかの思い出を残している。
とこんなその時に見た風景でブログに載せたいと思うものをこれから載せていき、その時々に花へ出くわせたらひき続き書いていきたいなどと思っており、そのことでの勉強もしてまいりますので今後ともにご愛読いただければ幸甚ございます。
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今日も、クレマチスの丘近くに所用で外出した。
所用を済ませてからクレマチスの丘近くにある井上文学館にぶらりと立ち寄った。
所用が、早く済んだのでここに入館することにした。
正面から入るといきなり、私には衝撃的感動を受けた詩を目の当たりにすることとなった。
その詩は、今日の母の日にぴたりであるのではないかと思い紹介させていただきます。
私の好きな井上靖の初期詩。 福田 美鈴
母 へ
ぼろきれの過去を綴って、
あなたは私独りのために生きてきた。
お前さえ一人まえになったなら、
ぶさぶさと骨身まで洗う寒流にじっと堪えて、
あなたは今、明るい美しい月の出を信じている。
私はあなたのために生きねばうそだ。
私は私のために生きねばうそだ。
厳粛なこのくいちがい!
古里の廃屋、老いふけるあなた、
私の肩にぽっかりかかっているこの月日、
不思議にも与えられたこの生命!
母と子がお互いのために犠牲になってはいけない。ひからびた涙線の中から吠えてくる号びです。
ああ、不肖の子はあなたの美しい夢を孕んで。
帆船の様に朗らかに浮かび出せない。
あなたの美しい花園に、
つつましく月明の歌を歌えない。
真っ裸な命の火花をかっ飛ばし、
心底からにじみ出る嵐の吠え声がほしいんです。
十二月のポプラのように、裸一貫、
すっきりと大地にふみかまえてみたいんです。
たった一つのこの生命!
生きるために生命をかけてみたいんだ。
私のかがいのないお母さん!
私のかけがいのないこのいのち!
いまだ一人のあなたを愛するすべを知らず、
いまだ一人のあなたを棄てるすべを知らず、
やせ尖ってゆく深夜の魂を抱きしめて、
うわっーと
私は犬のように吠えてみたくなる。
全文掲載
この後私は、ベルナール・ビュッフェ展に寄って来ました。
若い家族ずれや中年の女性数人一組の見学者らが何組か見学していました。
この展示品は、ピエロの絵画が多く、花の絵も一部屋に展示されていました。